『多重人格 知られざる心の病の真実』に掲載されていた、
シュナイダーの11項目の一級症状のなかに、
「自分のものでない(自分のものとは思えない)感情を感じる」
「自分のものでない(自分のものとは思えない)衝動を感じる」
とありました。「自分のものでない」というのは日本語として
やや耳慣れない言葉ですが、メールマガジンを110号まで書き終えて、
ふと、この「自分のものでない」という言葉で思い当たったのが、
『シーラという子』の巻末にある、シーラが書いた詩。
----------------------------------------------------------------------
(前略)
それからみんなはいってしまった
ゲームの残骸の中にわたしを残して
何がおもしろ半分で、何が本気なのかもわからずに
ただわたしひとりを
わたしのものではない笑い声のこだまする中に残して
(後略)
<『シーラという子』329ぺージより>
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「わたしのものではない」と「自分のものではない」。
ほとんど同じ感情、感覚ですよね。
シーラはひどい虐待を受けていましたが、
(それはそれだけで大きな問題ですが)
多重人格の症状はなく、
「自分のものでない」感情や衝動に動かされることは
なかったし、
――あっ、考えるとそういえばそれもありましたね。
3歳の男の子に火をつけてしまったとき……!
なんだかいつもの自分じゃなくて、へんな感じになったと。
もしかしたら、シュナイダーの一級症状のなかの、
「誰かにあやつられ」、「させられ体験」に
近いものだったのかもしれません。
この恐ろしい事件を起こしたた6歳のシーラは
どこにも受け入れ先がなく、
トリイのクラスに送られることになったのです。
――
メールマガジン『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』バックナンバー
の110号にも書いた通り、シュナイダーの一級症状は、
統合失調症(精神分裂病)に限らず、
多重人格(解離性障害)にも、うつにも、
心が弱っているときには誰にでもあらわれる
可能性がある、一見特異な(でも意味のある)症状。
とくに今回私が思ったのは、
「自分(私の・俺の)ものでない」というニュアンス。
そこに現われているのは、
あるはずの人間的な基本的信頼感や安心感が壊れ、
連帯や連携の断絶を味わい、
分断され完全にひとりぼっちで孤立無援なまま、
放置されていると強く感じる心理状態。
シーラが、
「わたしのものでない笑い声」と表現したのは、
もしかしてそういう声がそのときには聞こえたのかも
しれないし、あるいは
幻聴はまったくなかったのかもしれない。
でも、イメージとして、わかりますよね。
自分が落ち込んで寂しいとき、自分にはおかまいなく、
自分以外の人はみんな楽しそうに大笑いしているなかに
ポツンと置かれたら、つらいですよね。
「自分のものでない」というのは、
ただ「自分の持ち物ではない」という意味ではなく、
不自然で強制された状態、疎外感、違和感のことなのでしょう。
世話をしてくれる大人が現われず、
放置される(これを遺棄と呼びます)子どもは、
寂しさや孤独感や心細さをただ我慢することしかできず、
深く自己価値観を傷つけられます。
こころの病気や、自傷・自殺願望のもとをたどれば、
その多くが、このような人的資源に乏しい日常と、
荒涼・茫漠とした心象世界につながっています。
でも、そこから脱出する出口は、かならず見つかるはずです。
参考文献
<トリイ・へイデン文庫>シーラという子--虐待されたある少女の物語 (ハヤカワ文庫 HB)
著者:トリイ・ヘイデン
販売元:早川書房
発売日:2004-06-10
おすすめ度:
クチコミを見る
<トリイ・へイデン文庫>タイガーと呼ばれた子--愛に飢えたある少女の物語 (ハヤカワ文庫 HB)
著者:トリイ・ヘイデン
販売元:早川書房
発売日:2004-06-10
おすすめ度:
クチコミを見る
多重人格―知られざる心の病の真実
著者:服部 雄一
販売元:PHP研究所
発売日:1995-09
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平井 瑛子( ひらいようこ )
ホームぺージ 心のトラウマに効く、うつ、ノイローゼ、不安神経症を完治する精神療法(心理療法)
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シュナイダーの11項目の一級症状のなかに、
「自分のものでない(自分のものとは思えない)感情を感じる」
「自分のものでない(自分のものとは思えない)衝動を感じる」
とありました。「自分のものでない」というのは日本語として
やや耳慣れない言葉ですが、メールマガジンを110号まで書き終えて、
ふと、この「自分のものでない」という言葉で思い当たったのが、
『シーラという子』の巻末にある、シーラが書いた詩。
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(前略)
それからみんなはいってしまった
ゲームの残骸の中にわたしを残して
何がおもしろ半分で、何が本気なのかもわからずに
ただわたしひとりを
わたしのものではない笑い声のこだまする中に残して
(後略)
<『シーラという子』329ぺージより>
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「わたしのものではない」と「自分のものではない」。
ほとんど同じ感情、感覚ですよね。
シーラはひどい虐待を受けていましたが、
(それはそれだけで大きな問題ですが)
多重人格の症状はなく、
「自分のものでない」感情や衝動に動かされることは
なかったし、
――あっ、考えるとそういえばそれもありましたね。
3歳の男の子に火をつけてしまったとき……!
なんだかいつもの自分じゃなくて、へんな感じになったと。
もしかしたら、シュナイダーの一級症状のなかの、
「誰かにあやつられ」、「させられ体験」に
近いものだったのかもしれません。
この恐ろしい事件を起こしたた6歳のシーラは
どこにも受け入れ先がなく、
トリイのクラスに送られることになったのです。
――
メールマガジン『本当の自分がわかる心の技術 安らぎと治癒の自己改革』バックナンバー
の110号にも書いた通り、シュナイダーの一級症状は、
統合失調症(精神分裂病)に限らず、
多重人格(解離性障害)にも、うつにも、
心が弱っているときには誰にでもあらわれる
可能性がある、一見特異な(でも意味のある)症状。
とくに今回私が思ったのは、
「自分(私の・俺の)ものでない」というニュアンス。
そこに現われているのは、
あるはずの人間的な基本的信頼感や安心感が壊れ、
連帯や連携の断絶を味わい、
分断され完全にひとりぼっちで孤立無援なまま、
放置されていると強く感じる心理状態。
シーラが、
「わたしのものでない笑い声」と表現したのは、
もしかしてそういう声がそのときには聞こえたのかも
しれないし、あるいは
幻聴はまったくなかったのかもしれない。
でも、イメージとして、わかりますよね。
自分が落ち込んで寂しいとき、自分にはおかまいなく、
自分以外の人はみんな楽しそうに大笑いしているなかに
ポツンと置かれたら、つらいですよね。
「自分のものでない」というのは、
ただ「自分の持ち物ではない」という意味ではなく、
不自然で強制された状態、疎外感、違和感のことなのでしょう。
世話をしてくれる大人が現われず、
放置される(これを遺棄と呼びます)子どもは、
寂しさや孤独感や心細さをただ我慢することしかできず、
深く自己価値観を傷つけられます。
こころの病気や、自傷・自殺願望のもとをたどれば、
その多くが、このような人的資源に乏しい日常と、
荒涼・茫漠とした心象世界につながっています。
でも、そこから脱出する出口は、かならず見つかるはずです。
参考文献
<トリイ・へイデン文庫>シーラという子--虐待されたある少女の物語 (ハヤカワ文庫 HB)著者:トリイ・ヘイデン
販売元:早川書房
発売日:2004-06-10
おすすめ度:
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<トリイ・へイデン文庫>タイガーと呼ばれた子--愛に飢えたある少女の物語 (ハヤカワ文庫 HB)著者:トリイ・ヘイデン
販売元:早川書房
発売日:2004-06-10
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多重人格―知られざる心の病の真実著者:服部 雄一
販売元:PHP研究所
発売日:1995-09
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平井 瑛子( ひらいようこ )
ホームぺージ 心のトラウマに効く、うつ、ノイローゼ、不安神経症を完治する精神療法(心理療法)
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